26/10/2015

真宗で教えられたこと (2015年10月22日Matias, Icaro Azevedoさんより)



Esta é uma versão em japonês do sensível relato de nosso irmão no Dharma Icaro, a versão original em português pode ser acessada em: http://budismodiario.com.br/licoes-aprendidas-no-budismo-shin/

今回、アゼヴェード・マチアス・イカロさんの感話を読んでいただきたいと思い、訳したものです。
(Sayuri Tyô Jun


私が仏道との出会いから大切だと思ういくつか教えられた教訓を皆さんにも知らせたくて書き始めたわけです。
浄土真宗についての私のような西洋人がよく勘違うことを伝えたいと思います。
第一のあやまちは 真宗をただ信仰的な宗派と分類すること。(仏教では信仰は大切が、こういうカテゴリーは多くの人に反対される、最終的に言語と意味の問題である可能性があります)。または、真宗とキリスト教と比較しながら仏教から離すこと。
浄土真宗の伝統は、おそらく初期の仏教のほんのいくつかの特定の宗派を除いて、仏教の多くを浸透ものであることを覚えさし(または一部について、通知)することが重要です。
もう一つ重要なポイントは阿弥陀(Amitabha/Amithayus)は色々の仏教経典に引用され、釈尊からも幾度とも説されました。西暦の最初の世紀ころ中国に発展され、金剛乗の影響受けて日本へ渡って日本特徴、浄土宗と浄土真宗が始まり、数世紀伝わってずっと体験され、豊富な知的生産実行されてきました。

1.真宗では仏陀釈迦牟尼を深く敬意し、広く三宝を奉られて、門徒の毎日の行です。釈尊は偉大な教師、成仏として阿弥陀仏を私たちに提示くださったことを特に賞賛されています

2.真宗では教えを理解するだけでなく、方法として、仏教の歴史的文脈を教えて説明し、明確にする主要な関心事があり、経典の複合、神話(ミト)をはっきり説し、現在に適合します。

3.男性・女性僧侶の仲間では可視の深く相互尊重があり、お互いにパートナーシップと責任のある念、またはそれを門徒や生徒にも広まり。すべては、ブラジル人のために、ブラジルにおける仏教の発展のた努力、忍耐力と意志力に伝えるように働きます。

4.浄土真宗のヒエラルキーは構造で堅牢な能動的な態度で動き、宗派として統合したまとまっていることに信者は信頼できる。正しい伝統的な教えを安心しながら受けられます。

5.釈尊は様々な方便を使用し苦悩から解放すること教え伝えたわけで他宗派を尊重することを大切に慎重に注意されます。

6.基本的仏教の教えはすべての宗派と共通で浄土真宗の教えを理解し。同じ教えですから誤解を避けるために比較は不可欠です。念仏の本当の意味を理解することには、念仏を体験し、念仏を称え、念仏を生きることです。

7.念仏は七高僧から発生されたのではなく、仏の方便です。その方便を体験することには変化があり方法も変わって、改めて広く、現代的で時代を超える幅広いキャラクターの教えです。

8.真宗は受動な態度の伝統ではありません。人間の弱み身勝手なエゴばかり悪人の本性を実現教えます。念仏を通して自己分析しながら自分の「今ここに」を考え直して活動的な真宗生活に変化できます。

9.親鸞聖人には仏の本質現れてあります、特に当時の修行を疑問をすることに多くの人々に許せなかったし、念仏でも疑問の心をお持ちでしたことを表してくださった。

10.自己批判のこの感覚は非常に必要であ、宗派または僧侶の仲間ではよく奨励させ、過ちや成功を確認しながら謙虚を表して伝統の進行は停滞しない絶え間なく様々な現在の条件に適応する。すべての宗派の組織は不完全な人間で構成され、人間であるこそ、誤るのです。

11.僧侶たちは門徒の年齢、性別および任意の性別、人種や社会階層を超え大切に優しく信者を迎えます。宗教的な生活と教義の適用を支援し教化に専念します。

12.教団の僧侶は同時に厳しい教師でもありながら、好き嫌いなし、成功のサンガの成長に開発します。

これらは私が学んだことの喜びとブラジル同朋サンガ内の日常体験する機会を持って、一緒に歩んで行かれる感謝の心で多くの教訓の中ほんの一部です。

南無阿弥陀仏

合掌
御真影

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